
カメラじゃなくて、写真の話をしよう。
まさに、自分が抱えていた写真・動画・カメラ業界への違和感について、似たような感覚で書かれていて激しく共感した書籍でした。
自分が抱いていたカメラの世界への違和感

自分は、現在動画制作を仕事として請け負っていますが、新参者で写真・動画についてはまだ数年程度のペーペーです。
過去に音楽関係やファッション業界に携わって、現在カメラの世界にどっぷり浸かっています。
異業種からこの業界に身を置いて、とても違和感を感じることがあったのですが、それは
カメラ機材やスペック・撮影テクニックのことばかり気にしすぎじゃない?
ということでした。
写真や動画そのものについて話している人・コンテンツが非常に少ない、いや、なくはないんだけど機材やテクニックについてのモノが多すぎるのでしょう。
(もちろん機材もテクニックも、自分に必要であれば大事なのは前提で言っています)
写真や動画を通して、自分の世界観を表現したり誰かに何かを感じてもらうこと。(もちろん、肩の力を抜いて自己満足で撮るのもいい)
思い出を記録すること。
それが本分だと思うのですが、カメラの世界ではどうやらそこが薄くなっている、そんな印象でした。
誰かの写真を見ても、作品というよりも機材の性能を確かめているだけ?というようなものもあり、違和感を感じることも。たしかに機材沼も楽しいですけどね。
他にも、フルサイズ信仰がすごいとか、異業種から入ってきた人間としては不思議な感覚だったのを思えています。

誤解のないように言っておきますと、僕自身も機材は好きで新作が出る度にワクワクしている人間です。昨今のYouTuberの方のカメラレビューなども楽しく見させていただいています。
それに、自分の撮りたい世界から逆算して、自分に必要なスペックのカメラを持つということは大切だと思う。だって、例えば動き回るものを撮りたいのに、連写が微妙だったりオートフォーカスがブレブレじゃ使いものになりませんから。
でも、撮影する被写体にもよりますが、カメラのスペックと写真(または動画)の良し悪しって、そんなに関係ないんじゃないかって今でも思うのです。厳密にはゼロじゃないけど、個々のクリエイティビティの方が圧倒的に大事かなと。
音楽の世界でも、バンドマンやシンガーソングライターで音楽機材好きの人はたくさんいます。
ただ、ミュージシャンはそれでも楽曲(作品)ファーストで考える傾向がカメラ業界の方に比べて多い、実際身を置いていた感覚としてそんな風に感じています。
また、カメラの世界では、仕事に入門機で挑んだりすると白い目で見られる時もあると聞きますが、音楽(バンド)の世界では入門クラスのギターで良い演奏をしようものなら、
「あの人、安いギターなのに音めちゃいいし、プレイもカッケーなあ!」
なんてほめ称えられますから。
そんな違和感を感じるなか、書籍「カメラじゃなくて、写真の話をしよう」と出会って、激しく共感したのです。

機材とは程よい距離で付き合いたい

カメラ機材って、本当に面白い。
日本では「機材を楽しむ」なんてジャンルも成立している気がするし、好きなカメラメーカーは応援したい。
でも、僕自身は「写真や動画で何かを伝える(表現する)」という気持ちは忘れたくないと考えています。
それに、次々と新発表されるカメラもワクワクするけど、キリがないなあとも感じます、そしてお財布もキビしい(切実)
自分の感覚だと、カメラはもう何年も前に写真を撮るには十分すぎるスペックがあったし、動画についてもオートフォーカスがもう少しなんて話もあるけど、これも十分といえば十分です。(過酷な現場のプロフェッショナルの方などは話は別かも)
これ以上スペックが良くなって、写真・動画愛好家の作品のレベルもめちゃめちゃ上がるかというと…おそらくそう変わらないでしょう。
だって、その作品が感動するかどうかは、機材よりもその人のクリエイティビティの方が大きいですから。

写真(動画)も機材もバランスよく

写真や動画を撮影するのも楽しいし、機材を愛でるのもまた楽しい。
バランスよく機材と付き合って素敵なモノを撮って、カメラを撮らないような人にも感動してもらったり、カメラを始めようとしている人の背中を押せたりしたら、写真文化の裾野も広まっていくし、メーカーも存続できるのかもしれません。
「カメラじゃなく、写真の話をしよう」
もう一度、じっくり読み直したいと思います。

写真作家。元映像製作者、ベースプレイヤー、メンズファッションスタイリストとしての経歴も持つ。現在、写真作家として一作目の写真集を製作中。